fuckyeahlatteart:

i want to know how to do this one

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i want to know how to do this one

(Source: , via petapeta)

(Source: imgfave, via daizydaizy)

いわば橋下劇場というのはプロレスのようなものです。反橋下派が「ヒャーッ!」とか「シャーッ!」とか雄叫びをあげながら、妙に仰々しい技で襲いかかるのを橋下氏に軽くいなされ、自爆して果てながらも、「フハハハハ!今日のところは見逃してやる。だが、第二、第三の反橋下派がお前の前に立ちふさがるだろう!」と捨て台詞をはくのが無性におもしろく、橋下氏のヒーローぶりを際だたせるのです。
tumblrとかtwitterとかで、どこからか引用してきた大量の素材でページを形成していると、それが人格の発露と見なされる。
行き着く先は映画「イノセンス」か。ネット出現以前の古典の引用だけが意味あるものとして見なされるような。
いや、コミュニケーションにおける攻撃と防御を突き詰めた果てに出現する、「誰も自分の言葉で会話しようとしない世界」かも。
kanabow:

bebop3.jpg

kanabow:

bebop3.jpg

(Source: petapeta, via hsmt)

各話のラストに流れるテロップは、ほとんどの回で
“SEE YOU SPACE COWBOY”
と締めくくられていたが、最終回にはこんなメッセージが届いた。
“YOU’RE GONNA CARRY THAT WEIGHT”……君はその重荷を背負っていくんだ。
これはTHE BEATLESの事実上のラストアルバム“ABBEY ROAD”の中に収められている、
解散前に四人が最後に録音した曲のひとつ、“CARRY THAT WEIGHT”の一節だと、
何人のアニメ・ファンが気付いただろうか? 
解散からちょうど10年後、ジョン・レノンが撃たれた時、
「前に倒れて死んだ者は天国に行かれる」と書いた作家がいた。
きっとスパイクは

絵を初めた人が「ものの見方が違ってきたわ!」と言い、
日常生活の中で、ものを見る見方と、表現するための見方と
は違うんだということに、何となく気が付いた頃から、描く
ことが喜びや楽しみから、苦労や苦痛に変わり始めるのです。

 眼の方は、腕が上がるスピードよりも早く、より上を求め
るようになり、描いても描いてもちっとも満足しないという
ジレンマに陥る時期が、誰にでもあります。
 ここを通り越せるか否かが、絵が持っている魅力に近づけ
るかどうかの第一関門なのです(何にでも共通することだと
思うのですが・・・)。

 筆を持つのが苦痛に感じている自分の中に、画面に向かう
ことを促し、人を苦しめることが喜びであるサド候爵的性格
のもう一人の自分をしっかり育てることが、表現する者には
とても大切なことなのです。
 描き続ける中で、苦しみが再び楽しみに変わるという瞬間
に出会える権利を侯爵は与えてくれるのです。

お前らも生コンに落ちるかもしれないから良い事を教えてやろう。
固まる前の生コンに砂糖を入れると固まらなくなるんだ。
0.1%も入れると1ヶ月位平気でゲル状のままになる。
後は1ヶ月かけてゆっくり脱出すれば良い。

だから家の基礎工事やってる所に缶ジュース投げ込んだりするなよ!